「俺は農家を継がずにサラリーマンになる」

よく聞いてみると好きな女ができたみたいで、その相手が農家の嫁にはならないと言っているらしい。村の小学校に来た代用教員。若いとは言えない年齢で、なぜその年齢でいまだに代用教員なのか不思議だった。

どれだけ本気で息子と付き合っているのか、父ちゃんは本人に直接確かめに会いに行った。

「彼とは何度か一緒にお酒を飲んだだけの仲です。付き合っているとか、結婚を考えているなんてとんでもない。農家の嫁になる気は毛頭、ありませんから。結婚なんて言われても迷惑なだけですから」

四つも年上の女教師に息子はいいように遊ばれたのかと父ちゃんは腹を立て、何もないのに惚れてしまった息子があわれに思えた。

年増でも村にない都会の香りを多少は身にまとっていたのだろう。その香りに幻惑されてしまったか。刺激のない田舎の生活で、女教師は適当に遊び相手を探しただけだ。

酒の勢いで手を握り、キスをされただけで、自分に惚れていると思い込んでしまった。あんちゃんは女も知らないうぶな青年だった。

父ちゃんはあんちゃんに見合いで結婚するよう勧めた。女教師に会って気持ちを確認したことも話して聞かせたが、かわいそうで露骨に真相は言えなかった。ちょうど代用教員の期間も終了し、その女教師はほかの学校に転勤していなくなってくれた。

想いを諦め思い切るにはちょうど良い時期だ。ほかにも理由がある。父ちゃんには焦りがあった。自分の体調がいまいち良くない。自覚がある。いまのうちに行く末のめどを立てておきたい。

しかし、あんちゃんの気持ちは変わらなかった。農家の長男でなかったら女は自分を選んだはずだ。父ちゃんが言うように振られた、遊ばれたとは思えない。親に強引に引き裂かれたと受け取りたかった。あんちゃんはそれだけ若くうぶだったのだ。

父ちゃんは知り合いの娘をあんちゃんの嫁に薦めた。

「俺が結婚するんじゃない、親父が結婚するんだ」あんちゃんはふてくされ、たいして強くもないのに酒を飲んで開き直った。現実を受け止めるでもなく、逃げ出すわけでもなく、成り行きに任せる形になっていった。

  

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