昼間は話し声が絶えないこの部屋も、夕暮れ時ともなれば出入りする者も減って少しひっそりとするのだが、今日はまた格別静かだ。祖父だけならば母も叱ったりしないだろうと安心し、マルゴは「おじい様」と歌うように呼びかけて快活に部屋に入ったのだった。
ところが、二、三歩踏み入って、マルゴの足ははたと止まる。
床に一筋、暗い色をした水がこぼれて、それがじゅるじゅるとまるで生きているかのように彼女のつま先に向かって延びてくるのだった。その筋を逆に辿ると、マルゴの目の先に、机の脚にもたれかかり、床に足を投げ出して座り込む、祖父の姿があった。
辺りには小さな樽ごとひっくり返してしまったかのように、赤い葡萄酒が広く床を濡らし溜まっている。
浴びるように酒を飲む祖父が酩酊している姿を見るのは珍しいことではなかったが、それにしても今日はまた酷く酔ったものだ。
だらしなく座り込んだ祖父は息づかいも荒く、幾分充血した目が据わっていた。顎鬚(あごひげ)を伝って滴る雫が茶色い胸着をびっしょりと濡らし、窓から差し込む夕陽に部屋全体が染まる中、床に溜まった葡萄酒が妙に赤黒く照り映えていた。
子どものマルゴにさえ、あとのことが思いやられた。きっと母は顔をしかめて、侍女たちはぶつぶつ愚痴をこぼしながら、あとかたづけを召使いたちに指図することだろう。マルゴはその様子を思い浮かべて、くすっと笑った。
床を流れる葡萄酒が、今しもマルゴの繻子の靴先に届こうとしたので、彼女は一歩あとずさる。つんと酸(す)いような匂いがした。
「おじい様ったら……」
こういう時にキエラが見せるような呆れ顔を真似て、マルゴが祖父の傍に行こうとスカートの裾を摘み上げた時、ゴルティエがかすれた声を絞った。