第二章 変動
コルドレイユのマルゴ姫はやがて十歳になる。
父のエルンストはいずれはコルドレイユの領主となるであろうゴルティエの嫡男、母のキエラはプレノワールから嫁いできたカザルスの娘。
二つの領国の血を受け継ぐ姫を娶(めと)る者は誰かと、あと数年もすれば巷を騒がせるであろう、この国の覇権を巡る鍵ともなるべき姫君である。
背丈こそまだ子どもだが、腰まで伸びた栗色の巻き毛に薔薇色の頬、幼い頃から大人びた仕草を真似るのを好んだ姫は、優雅な立ち居も堂に入り、母親譲りの美貌は早くも薫りはじめている。
そんなマルゴを目に入れても痛くないほど可愛がっているのが、祖父でコルドレイユの領主ゴルティエだ。
国家統一の戦の折には勇猛果敢に先陣を切った猛者(もさ)も、この孫娘にはまるで形なしで、周囲が呆れるほどの好々爺(こうこうや)ぶりを発揮している。普段は澄まし顔のマルゴも、幼い頃から可愛がってくれるこの祖父の前では年相応の甘えた素ぶりを見せるので、それがゴルティエにはなおたまらない。
マルゴ、マルゴと、十歳にもなろうかという姫を今もって傍に呼び寄せては、日がな一日、男たちの集う居間で遊ばせるので、娘の教育上あまりよろしくないと、母のキエラも近頃は眉をひそめるようになった。
だからマルゴは母の目を盗んでこっそり男たちの居間に出入りする。
その日もマルゴは、母が侍女と来月催される宴の献立を相談している隙(すき)を狙って、祖父のところへ来た。