小児科には昼寝をする時間があったが、その時間の前に看護師長さんが部屋に来た。ごくたまに見る人で、名前も知らない。師長さんと、ヤマト君、アキ君、たっちゃん、そして兄が部屋で話をし始めた。みんなゲームしている時とは違い真剣な表情だったので、僕は声をかけることができずにいた。ヒロシも部屋に入ってきて、僕の横に座ってその様子を見ていた。たっちゃんが、

「そんなの刑務所と同じやん。ここには自由はないのか」

と声を荒げた。いつも冗談ばかり言っているたっちゃんが怒ったのだ。すると師長さんが、

「あなたたちは、治療して元気になるために入院しているのよ。そのためには我慢も必要なのよ」

と、たっちゃんに負けないくらい大きな声で言った。“えっなに、ケンカやん”と怖くなってきた。すると今度はヤマト君が静かな声で、

「みんな、病気を少しでもよくして元気になるために入院しているのはわかっています。食事制限とか外に行けないのも、そのために我慢しています。でも、食事は無理でもちょっと外に行くことくらいはいいでしょ」と真剣な顔で言った。

すると師長さんが、「あなたが一番年上なんだから、我慢してお手本にならないといけないでしょ」

と、ヤマト君が全部話し終わるか終わらないうちに言い返した。この師長さんのことばが的外れであることは10歳の僕にだってわかる。ヤマト君の発言に対する返答になっていなかった。その師長さんのことばに対してヤマト君は、

「じゃあ、百歩譲って外に行くことも我慢します。でも、何でも食べていい患者をこの部屋に入れないでくれよ。俺たちはいろんなことを我慢しながら入院しているんですよ。それなのに、目の前でいい匂いをさせながらメロンを食べられたら、たまったもんじゃない。俺たちの気持ちを考えたことあるんっすか」

と、さっきよりも大きな声で言った。僕は両手をギューッと握りながら、ヒロシと「すごいな、ケンカやな」と小さな声で話しながら、様子を見ていた。ヤマト君が話したあと、誰も口を開かなくなった。重苦しい雰囲気が部屋中に漂っていた。

するとそこに兄の主治医がやってきて、「穏やかじゃないね。先生も話に入れてよ、なっ。向こうで話そ!」と言って、たっちゃん、ヤマト君、師長さん、そして先生が出て行った。

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