1 塾
夏期講習
晃たちの夏期講習が始まった。ここから中学準備の塾生活が始まる。まず、入口でクラス分けが貼られているのを見る。特進クラス・Aクラス・Bクラスとある。Aは普通。Bはもう少し頑張りましょうクラスってことだ。
健斗は特進。さすが洋子も特進。なんと悟はAクラスじゃないか。当然自分もAだと思っていた晃はまさかのB。クラス分けを見て、健斗も悟も、いつでもリーダー的な晃にかける言葉につまる様子だった。
学校でのチャラけた冗談が言えないちょっと気まずい雰囲気。束の間の沈黙。その沈黙は、晃にとっては人知れず小さなダメージだった。
それでもそんな気持ちもすぐに忘れて元気になれるのは、やっぱり夏だからかもしれない。
夏は気持ちがわくわくする。塾での嫌な気分も一歩外へ出れば塾は塾、外は外。なんたって夏休みなんだからじっとしていたら勿体ないような気がして、楽しいことを探すのに忙しかった。塾は学校より少し自由で、行けば友達と遊べる。勉強はたぶん何かしら身についているに違いないと、ただ信じて行く所。
お盆は家族そろって休暇を過ごす。父和彦も家にいて、一日ゆっくりテレビを見たいと思うのは子供と同じらしい。この時期は朝からテレビ番組の取り合いになる。なんたって親は夏の甲子園か終戦記念番組ばかり見たがる。
和彦は野球少年で高校まで野球部だった。学校が甲子園出場を果たし、本人は選抜メンバーではなかったものの、応援でその土地を踏んでいるせいか、甲子園熱は熱い。
そんなわけで大人になっても甲子園が始まると心は少年に戻るらしい。晃もせっかくの大きなハイビジョンスクリーンで他に見たい番組や、やりたいゲームがあっても、父の熱い思いにはかなわない。
うかつにも「野球なんて」などと、口に出してしまったら、その後の空気の悪さが想像できる。それを考えると譲った方がましだと冷静に判断する。
まぁ、高校野球は和彦と一緒に見るのも悪くはない。機嫌がいいと見終わってからキャッチボールを一緒にしてくれたり、普段話せない分、その後の会話もスムーズな気がするからだ。
それより問題なのは終戦記念番組だ。野球はまだいい。まったく興味がないわけじゃないから。だけど戦争でしょ? 歴史でしょ? 政治でしょ? 難しい。ずっとずっと昔の話でしょ。僕たちは戦争を知らない子供たちだけど、親だってそうでしょ?
戦争はテレビで見るもの。実感が湧かない。ニュース映像も、最初は驚いてショックを受けるけど、それは次第に映画かゲームの世界のような感覚になって心が鈍くなっていく。フィクションであってほしい。
だけど一方では、ニュースとかで、もしかして日本も巻き込まれるんじゃないかなんて聞くと恐ろしくなる。だって、それはやっぱり怖い。