ベネだ。村の娘だが、村が解放されるとすぐに代官の三男坊に見初められ、嫁に納まったと聞いている。

やあと微笑むラフィールに知らぬ顔を通してそのまま行き過ぎていった。ちょっと先で、また一度気になる様子で振り返りはしたが、戻ってくることはなかった。

「見ただろ、今の。あいつ、ここをしょっちゅう通るんだが、いつもあんな調子さ。姉と弟みたいにして一緒に育ったっていうのに……。あいつが木に登って一人で下りられなくなった時も、俺が助けてやったんだぜ。なのに何だよあの態度は! 代官の息子の嫁だか何だか知らないが偉そうな顔しやがって! 

こっちに来ればご領主様って人がいて、俺たちはそのお方に従って暮らすんだってことぐらいわかっていたが、どうしてベネまでが俺たちに偉そうにするんだよ! 今までずっと仲間だった者が……何だか俺……」

マルセルは、膝の上で両方の拳を握りしめて悔しそうに顔を歪めた。

ラフィールには、事情はまだ十分に呑み込めなかったが、マルセルが晒されている状況が少しわかった気がした。

自分たちを測る物差しも違ってきたということか。いい暮らし、とは何かと思ったが、それがマルセルを惨めにさせるのか、と。

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次回更新は12月1日(日)、18時の予定です。

 

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