「何って……楽しそうだったよ」

「ああ、楽しいよラトリスは。でもな、オージェに行っていたお前にはまだあまりわからないかもしれないけど、俺たちの暮らしは村にいた頃とはちょっと違っているんだ。何ていうかな、みんな以前のように一緒ってわけじゃないんだ。手に職のある奴から順にラトリスを出て、そういう連中がよりいい暮らしをしているんだ」

「よりいい暮らし?」

耳に馴染まない言葉に、ラフィールは首を捻った。

「たとえばな、彫金でファラーの一番弟子だったデュディエだ。確かにあいつは凄い。俺だって認めるし、村の技として自慢にも思うよ。だから、こっちの連中からも名人って持て囃(はや)されて、城下に工房まで持たせてもらってるよ。

織り子の中では一番腕のよかったアリックスもそうさ。とにかくあいつらの作り出す物は金を生む。出世っていうのか? あいつらはこの城下で暮らして、俺たちとは比べものにならないほどいい暮らしをしているんだ。

だがそれにひきかえ、俺たち栽培場にいた者には一人ひとりに特別な腕があるわけじゃないだろ? 俺たちが持っているのは知恵さ。何の種はいつ蒔くのがいいとか、実がよく入った豆を採るにはどうしたらいいとか……。それは教えちまったら、こっちの者だって真似をするだけだ。なるほどなあと一時(いっとき)感心されるが、自分のものにしてしまえばそれだけさ」

はじめは言い澱(よど)んでいたマルセルも、話しはじめれば日頃の思いが込み上げてきたのか饒舌だ。

聞き手に回っていたラフィールが口を開こうとした時、マルセルが急に顎を突き出して、おい、あれを見ろよと目くばせをした。

振り返ると、囲いの外の道を女が二人通っていく。先を歩く色白の女は生まれて間もないような赤ん坊を抱き、後ろに続く女は身なりからしてその召使いのようだ。通り過ぎる時に赤ん坊を抱いた女がこちらにちらりと目を向けたので、ぼんやり眺めていたラフィールと顔が合った。