ラフィールは一人で城内をぶらついていた。

ここにやって来たばかりの彼には、とにかく世界が広すぎる。城内だけでもヴァネッサの村くらいの広さに感じられるのに、この眼前には城下が広がり、ラトリスやオージェまでもがプレノワールの領地だとは驚きだ。

だが、そんな大きなプレノワールも、ここに七つある領国のうちの一つだと聞かされては、いったい自分はどれほど広い世界にいるのだろうかと息を呑む。

彼が今通りかかったのは中央に薔薇窓のある礼拝堂だ。外壁や柱頭に施された彫刻が何の寓話(ぐうわ)を表しているのかラフィールは知らないが、大勢の人々が細かく描かれたそれらを眺め上げていると飽きることがない。

城下にはもっと大きな聖堂があって、ここは領主個人のための礼拝堂だというからびっくりだ。ラフィールは、自分の裡にある物差しが、建物の大きさにも、一人の人間の権力にも、まるで通用しないことに舌を巻く。

感嘆しつつ眺め歩いていたラフィールは、領主の菜園の脇を通っていて思わず顔をほころばせた。

ヴァネッサの村には栽培場というものがあり、そこで土を耕し、作物を作ることを仕事にしていた者もいる。所謂(いわゆる)農夫だが、職人と違って彼らを受け入れるにあたっては土地がいる。

新参の彼らが農民たちの土地を奪っては、たちまち諍(いさか)いや怨恨(えんこん)が生じるだろう。カザルスは、それまで農民たちの使役に頼っていた自身の農地や菜園の手入れをヴァネッサの民に任せるという方法でこれを解決していた。ここはその菜園だ。

菜園の隅に置かれた木箱に腰を下ろして汗を拭っている男の、心持ちしゃくれた顎と小首を傾げる癖、あれはどう見てもマルセルだ。

ラフィールより三つ年上だが、村ではよく一緒に遊んだ仲間の一人だ。懐かしさが隠しきれず満面の笑みで近づいていくと、向こうも彼に気がついて、よお、と手を上げた。

彼のその仕草は、毎日会っていた頃と何も変わってはいない。

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次回更新は11月30日(土)、18時の予定です。

 

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