第一章 新生
「アンリ様がまた何かお望みで? しつこいお方ですからね」
アンリは、ヴァネッサの優れた技能を我が一族の経済的な柱にするべきだと主張し、そのためには当方でも工房を提供し、手厚く保護してやるから織り子や鍛冶職人を何人かよこしてくれればよい、といかにもお為ごかしな言い方で厚かましい提案を突きつけてくる。
こんな時だけ何が一族だ、とはジェロームならずとも思うところである。
「父上には、再三そんなことを言われている私の身にもなっていただきたいものだ」
アンリは、快い返事を持ってこない自分のことを、他の家来たちの前で、「カザルス殿もうまく仕込まれたものよ。これほどお父上に従順なお坊ちゃまも滅多にはおるまい」と嫌味なことを言って嘲った。
その悔しさを思い出して、ジェロームは唇を噛む。
「軽くいなしておけばよろしいのですよ。それこそ、父上は蒐集癖があるので、ヴァネッサの民が一人欠けても性分として嫌なのでございましょう……とか」
確かにバルタザールの言うとおりで、アンリの嫌味にいちいち反応するのは愚かなことだとわかっている。
だが自分は堅物(かたぶつ)で、そんなふうに気の利いた逃げ口上(こうじょう)も思いつかないから困っているのだ。ジェロームは押し黙った。
バルタザールはジェロームが生まれる頃からここにいる。奴隷の子だった彼を、見どころのある子だと父のカザルスが拾い上げた。
姉のキエラと同い年の彼は、幼い頃のジェロームにとっては家来というよりも兄に近い存在で親しみもある。それだけに自分の不甲斐なさを感じると、ジェロームは父の息子が自分ではなくてバルタザールであればよかったのかと、屈折したことを考えてしまうこともある。
しかし今回ばかりは、自分はプレノワールの外にいてこの情勢を眺めている。父にもバルタザールにもわからないものを目にしているという自負がある。やっと自分が役に立つ、そう思えばこそ、この勇む思いが父に通じぬことがもどかしいのだ。
「お父上はこの国一番の変わり者と評判のお方ですが、一番賢明でもいらっしゃると私は思っております。誰が何を言おうが、安心してお父上に従いなさいませ」
「その賢明な父上なればこそだ。父上こそ、今最も人の上に立つべき人ではないのか! アンリが私に嫌味を言うのはなぜだと思う ? それほど欲しいものがあるからだ。我らが手に入れたヴァネッサの民は、王とて羨むほどの宝だ。いや、力なのだ。この力を、父上はもっと有効に使われるべきなのだ。そうは思わぬか?」
ジェロームは、バルタザールの言葉に思わず心の裡(うち)を吐き出し、力を込めたが、そんな彼に対してバルタザールは冷ややかに落ち着いた声音で応えた。
「さあ、どうでしょうか。私はカザルス様のお心にないことを考えたことはございません」