それもそのはずで、上述のように葉村が高商で学んだのは明治二〇年代後半ないし三〇年代初めと考えられますが、明治二八年の統計では高等教育(専門学校、高校、帝大)を受けている人間は同世代の若者のうち〇・三パーセントに過ぎなかったのです。葉村がエリート扱いされるのも当然と言えましょう。
葉村は『浮雲』の本田と同じく実務的で如才ない性格ですが、本田の学歴がはっきり書かれていなかったのに対して、葉村については中学卒業後に高商を出たという具体的な記述がなされているのは、哲也と同じく、学歴の意味や学校の威信がこの二〇年間に明確になってきていたからでしょう。
■小夜子の学歴
次に、『其面影』のヒロインである小夜子の学歴を検討しましょう。
小夜子は、先にも触れたように、哲也のすでに故人となっている義父・小野礼造が小間使いに生ませた娘です。といって実の母に育てられたわけではなく、生まれるとすぐ他家に里子に出されたのですが、やがて父の家に引き取られて「小学から高等女学校の二年まで」はそこで過ごします。
高等女学校とは、女子が小学校を卒業した後に進む女子専用の中等学校です(名は「高等」女学校ですが、高等教育機関ではありません)。詳しい説明は第四章第二節に譲りますので、ここでは、この時代に高等女学校に進むことのできる女子はきわめて少数だったということを頭に入れておいていただきたいのです。
小夜子は今年二三歳(数え年)とされているので(五章)、小説の時代設定が明治三九年であることを考えれば、明治一七~一八年の生まれでしょう。
明治時代、中等教育機関への女子の進学年齢は揺れ動いていました。明治一九年の中学校令では男子と同じく一二歳以上とされていましたが、明治二八年の高等女学校規程では小学校で四年間学んだ後に六年間通うとされました(明治四一年に男子と同じく一二歳以上で進学と再改定)。