何だそんなことかと、からりと笑い出すバルタザールに、カザルスも呆れた顔を返したが、下がろうとする彼に言葉をかけた。

「あれが何か相談でも持ちかけたら乗ってやってくれ」

「さっきすれ違った人、いったい誰なの? カザルス様と何かあったの?」

戸口の外で待たされていたラフィールは、バルタザールが出てくるや否や質問を浴びせた。

「何でも知りたがる奴だなあ、お前は」

「だって気になるじゃない! あの様子じゃ気にするなって方が無理だよ」

ラフィールは口を尖らせた。

「あの方はカザルス様のご嫡男ジェローム様さ。普段はシャン・ド・リオンに行っているんだ」

「シャン・ド・リオン?」

「ああ、お前はまだこの国のことをよく知らなかったな。マテウス河の西のアンリ様のご領地のことだ」

カザルスは、いずれプレノワールの領主となるであろうジェロームを、十五の頃からアンリのもとに遣わしている。領地内で領主の息子として甘やかすことが決して為にならないことから、よそで小姓や従者として修行させることが、この辺りでは慣例に近い。

行儀作法を身につけるだけでなく、見聞を広め、冷静で客観的な思考を身につけ、さらには将来の人脈を広げる上で、他人に仕えることは非常に重要で効果的な教育と考えられていた。

【前回の記事を読む】さっきの少年がシルヴィア・ガブリエルの弟か……。ガブリエルに出会えたことは一生のうちでもまたとない喜びだったと振り返った

次回更新は11月28日(木)、18時の予定です。

 

【イチオシ記事】突然の交通事故で意識不明の重体。目覚めると以前の面影が無いほど変わり果てた姿で…

【注目記事】「誰、どうして」…壁一つ隔てた部屋からかすかに女性の声が聞こえた夜