第一章 新生
ラトリスから戻って早々、今日はずっと挨拶回りであちらこちらへと引き回された。この上まだご領主にお目にかからねばならぬとは正直うんざりするが、これで解放されるかと思えば、ラフィールにも幾ばくかの元気が湧いた。
奥へ渡り、カザルスの居間へ向かう途中の長い回廊を曲がった所で、二人は俯(うつむ)き加減にこちらへ歩いてくる青年と出会(でくわ)した。
鳶色の髪に少し気難しそうな整った顔立ち、立派な身なりのその青年は、顔を上げてバルタザールの姿を見つけると、一瞬立ち止まって何か物言いたげな様子を見せたが、バルタザールが親しげな表情で声をかけようとすると、急に振り切るように足を速めて二人の横を通り過ぎた。
すれ違いざまにバルタザールが呼び止めようとしたが、青年の、放っておいてくれとでも言いたげな険しい一瞥に、声もかけられずそのまま見送った。
「あの方はどなたなんですか?」
もう耳には届くまいという所まで青年が行くのを待って、ラフィールは小さな声で尋ねたが、振り返ったままのバルタザールは心ここにあらずといった様子で、ああ、と答えにもならない返事をするだけだった。
居間に入ると、領主のカザルスが一人ぽつねんと椅子に腰を下ろしていた。
壁には細かな花や動物が色鮮やかに織り込まれた一対の壁掛けが飾られ、その二つの間には、厩(うまや)の前に居並ぶ王や諸侯の豪奢(ごうしゃ)な衣の襞(ひだ)までも見事に彫り出した木彫りの額が掲げられている。
趣味のよい調度や格調を添える装飾品に溢れたこの居間に、この領主の姿はよく映える。顎鬚を蓄えた痩身のカザルスは、王やその一族とは従兄弟の間柄だが、母の家系の血を多く受け継いだのか、その風貌には彼ら一族にない品格が備わっている。