戸棚を物色しながら答えていたリリスも、はたとその年月に驚いて振り返る。

「やっぱり同じ両親の子だからでしょうかね、戻ってきた時は、どこか面差しが似ていてびっくりしました。オージェへ旅立った頃は、ちっともそうは思いませんでしたけどね。そうお感じになりませんでしたか?」

「そうかのう。儂にはようわからん。あいつのことは忘れるはずもないのじゃが、思い出そうとするとな、治療しておった時の背中ばかりが目に浮かぶのよ」

大きな通り雲が日差しを遮り、イダの周りの日溜(ひだ)まりがすっと消えた。

「ようやり遂げたものよなあ、あんな体で……」

イダの呟きがリリスの心にも薄い影を広げる。二人はそのまましばらく黙りこくった。

日差しが再び戻ってくるのを待ってリリスが気分を変えた。

「あいつは十歳の頃まで病室で寝かされていましたから、あんな小さな村でも、あいつのことを知らない者が多かったんですよ。初めて見かけた者は、寝間着姿に長い髪をしたあいつを、てっきり女の子だと勘違いしていましたよ。陽にもあたってない、そりゃあきれいな子で、勘違いどころか惚れてしまった奴までいました。

そうだ、ほら、この間前庭のアーチを修繕した大工がいたでしょ、マシュって奴なんですけどね。あいつが施療院で一目見た美少女のことが夢にも忘れられなくなったって言うんで大笑いでした。随分長い間、みんなしてからかったものですよ」

思い出して噴き出すリリスに、イダも顔を崩して頷く。だが、ともに一笑(ひとわら)いしてしまえばそれっきり、妙に虚しいような空気が漂って先が続かない。シルヴィア・ガブリエルの思い出話は、いつもこうだ。

愛しいような懐かしさのあとに必ずやって来るこの喪失感を、イダもリリスも黙って受け入れる。これが彼らの日常だった。