「それでいい? どこがいいんだ。わかったような口をきくな」

「わかったようなこと言ってるのはおにいちゃんの方でしょ。他人があれこれ興味本位で書いたものを読んで、鵜呑みにしてそういうこと言ってるの、あたしちゃんと知ってるんだから」

「鵜呑みにしてだと? 漢字もろくに読めないくせに、ずいぶん偉そうな口をきくようになったな」

「やめないか!」

親父がとうとう怒った。女の方を見ると、泣いちゃいない。痛みを堪えている表情でもない。顔の筋肉を硬直させて、唇を引き結んでいる。

そう、そう、この顔だ。俺が想像したとおりの顔だ。ある一線から向こうを考えまいとしている顔――俺がお袋の起こした事件を扱った本を読みながら、思い描いた顔そのものだ。

おそらくお袋は公判中、終始こんな表情をしていたに違いない。判決を受けたときも、こんな顔だったろう。どんなにしおらしく悔悟の言葉を口にしても、本当の本当は、判断停止して考えようとしない。自省などとは無縁の顔だ。俺にはわかっている。

四阿を飛び出て木戸に向かった。背後から男の呼び止める声が聞こえた。無視して外に出ようとしたが、木戸は施錠されていて開かない。俺は自分が今どこにいるのかを身を以て実感した。

刑務官が歩いてきて「勝手な行動は慎んでくださいよ」と拍子抜けするほど穏やかな口調で言った。近くで相対すると、眉根に数本白髪のあるのがわかった。

「帰るんだよ、ここ開けてくれよ」俺は木戸を拳固で叩いた。

「お父さんと妹さん残して、帰っちゃうの? せっかく遠くから来たんだから、もう少しお母さんと話していけばいいのに」いやに馴れ馴れしい口のきき方をする奴だ。俺が黙って突っ立っていると、男はわざとのようにゆっくりと木戸の錠を開けながら言った。

「門までは歩いてね。所内は走らないように」

木戸をくぐるとき後ろを振り返った。三人とも座ったままこっちを見ていた。