劉生 ―秋―
だって、本当にそのとおりだもの。捨てたことになるのだもの。子供たちには大人の事情なんて関係ないでしょう。
松嶋先生はひたすら己を責める。そんな様子を間近で見ていると、俺は心底腹立たしくなる。
一番責められるべきは、妻の身体に痕が残らないよう、残っても人から気づかれぬよう、狡猾に暴力を振るうあの猪首(いくび)の小男ではないか。そしてうすうす感づいてはいながら知らぬふりを決め込んで、いざとなると息子側に付く老獪な舅と姑ではないか。
家を出た当初、先生は離婚を考えていたようだが、今はどうだろうか……。
第二子出産を機に教職を辞めて専業主婦になったこと、実父は認知症で施設にいること、この春から再就職した学習塾の給料の額、そういったことを考えると、親権を争っても今のところ勝ち目はないらしい。先生は子供を諦めなければあの男と別れられないのだ。
しかもここにきて、夫から帰ってこいという誘いを再三受けている。先週末は姑が乗り込んできた。
私が若い頃のおじいちゃんの暴力はあんなものじゃなかった。息子のは暴力のうちに入らない。あんたは顔を腫らしたり、怪我をしたことはないだろう。辛抱が足りないのだ。子供を見捨てるなど、もっての外だ。私はおじいちゃんから性病までうつされて苦しんだ。そう言って先生を掻き口説いたという。今、いったんは別れを決意した先生の心が揺らいでいる……。
「母親に見捨てられたって子供はちゃんと育つさ。俺がいい見本じゃないか。七つで母親が突然いなくなった妹だって、今は結婚して赤ん坊までいるぜ。普通に母親してるよ。だから、まずは自分の命を守ることが大切なんだ」
「命を守るなんて、大袈裟な」
「でも家を飛び出たときは限界だったって言ったじゃないか! 精神的にも肉体的にも、限界だったって!」