「ねえ、まだこんな薄い肌掛けで寝てるの?」
この話題になると先生は俺と議論しようとしない。家庭を持ったこともない若い男になにがわかるか、といった顔になる。俺も子供と張り合うような愚かな真似はしない。勝ち目がないのはわかっているから。
「面倒なんだよ、布団を買いに行くのが。フリースを着て寝てるから、まだこれで十分なんだ」
「布団ならうちに何枚も余っているから、持ってくるね」
「いいよ、そんなこと」
「ううん、持ってくる」
「いいよ」
「でも持ってくる。ただし真夜中にこっそりと」
「なんで?」
先生はすいっとベッドを抜け出て床のワンピースを羽織り、散らばった下着を素早く掻き集めた。洗面所の方へ歩いていく。俺の視線の届かないところで身支度を整えるのだ。布団を抜け出すときのこの素早い動きにはいつも感心させられる。余韻もなにもあったものではない。
先生が抜け出た後の布団の中は、不思議にずっと俺ひとりで寝ていたみたいに、先生の存在の痕跡が認められない。つい今まで隣に寝ていたのだから温もりは残っているのだが、それがはたして先生の身体が残していったものなのかどうか、急に怪しくなってくるのだ。いったいどうしたわけだろう……。
「布団は夜中にこっそり運んだ方がいいわ。わたしより、やっぱり良知先生の方で取りに来て。嵩張るから、男の人の方がさっさと運べる」身支度を終えた先生は俺のそばにやってきて、部屋には二人しかいないのに声を潜める。眉は丁寧に描き直しているが、口元は紅がはみ出たままだ。
「その眉、ちょっと濃すぎやしないか? ヘンにまっすぐだし。太いし」
「恋をすると男のような眉になるのよ」
「なんだよそれ」