「もちろんでございますが、そこはカザルス様も賢明でございます。先ほどの毛織物の一括購入の権利を早々と国王に譲られて、代わりにヴァネッサの民の擁護を一任すると確約を取り交わしてございます。こうなればどなたも手が出せません」
「なるほど。カザルスめ、その点ぬかりはなかったか」
アンリは悔しそうに口元を歪ませた。
手の中にある小刀は、見れば見るほどアンリを魅了する。
「これをシャン・ド・リオンでも作れぬものか? ここには森ならいくらでもある。伐(き)って燃やせる木なら底をつくこともあるまい。技術のある職人さえ連れてくれば、よい産業にもなるものを」
出るのはため息ばかりだ。
「東の異民族から伝わった製法をもとに、独自の改良も加えているとか。鞴も我らが使うものとはちょっと違う工夫があると聞いておりますから、やはりヴァネッサの職人から教わらねば修得できぬ技なのでございましょう」
さすがにアンリの傍に侍る男だ。主(あるじ)が興味を示しそうなことには下調べも怠りがない。
「よその諸侯はともかくも、我らは同じ王の一族だ。まして従者修行のジェロームはずっと当家で預かっておる。カザルスもそこを踏まえて何とか融通できぬものか。これを眺めておると、返す返す悔しくてならん」
アンリは、未練がましくまだ小刀をいじっている。
【前回の記事を読む】二百年もの間、誰に知られることもなくひっそり隠れていたギガロッシュの村。ある日突然、この村に八十騎もの兵がやってきて…
次回更新は11月22日(金)、18時の予定です。