灰色の髪を垂らし、やわらかな長衣をまとったその男を見ると、村人の中からは、ファラーだ、ファラーに道をあけろと声がした。
ファラーとはこの村の長(おさ)のことだが、長老でもなければ権力者でもない。二十人に満たない者を祖先とするこの村は、一つの群れのような繋がりの中で暮らしてきた。
何事によらず全員の話し合いが重んじられる村にあって中立の立場で村人の意見を調停し、まとめる役目を担う者で、いうならばこの村の理性の象徴だ。
ファラーが現れると、口々に何か言い合っていた村人はしんと静まり返った。男は何をされるのかと怯え、石畳に額を擦りつけて頭を抱えたが、ファラーはそんな男を優しく抱き起こし、冷えた体をやわらかな一枚の布で包んだ。
「あんな所に長い間座っていたのだから、さぞかし寒かっただろう」
包(くる)まれた布の暖かさと落ち着いた抑揚の声音(こわね)のせいか、男の緊張は急速にほぐれた。顔を上げれば思慮深く、どこか気高いような灰色の瞳が見つめ返す。
男はファラーの穏やかな気配に安心し、素直に彼の尋ねることに答えはじめた。
「おらはペペと言いますだ。プレノワールで百姓をしとります」
ペペと名乗るこの男は、見様見真似(みようみまね)で刀を研ぐことを覚え、こっそり城の門兵たちの剣を預かって研いでいた。
ところが先日、城内で剣の束を抱えているところをシルヴィア・ガブリエルに見つかり、事情を問われ、ならばこの剣も研げるかと彼の持っていた剣を見せられたのだという。
【前回の記事を読む】仮死で生まれ、聡明さと比類な美貌を持つシルヴィア・ガブリエル。その彼が突然姿を消してから三か月。村にはある異変が起こった
次回更新は11月20日(水)、18時の予定です。