柄杓(ひしゃく)の水を差し出すと、男は少し用心したものの、貪(むさぼ)るようにそれを飲み干した。男が落ち着きを取り戻したのを見計らって、エミルの父っつぁんが慎重に尋ねた。

「お前さん、何をしにここへ来たんだね?」

すると男は、呪文が解けたように初めて言葉を発した。

「お、おら、ガ、ガストン親方という人に会いに来た!」

驚いた。外に出たこともない村人の名前を、この男が知っているはずはない。村人には、この男を差し向けた者が誰であるのか大方(おおかた)の見当がついてきた。

「ここのことを誰から聞いたんだね?」

「シ、シルヴィア・ガブリエルというお人から教えてもろうて来ましただ」

男が口にした名前に、誰もがやはりと頷いた。

その青年については、施療院でずっと面倒を見てきたリリスという男だけが事情を知っていて、それによると、何を思ったか、村の将来を救うと決意して、一人ギガロッシュを抜けて外に出たのだという。

閉塞感に苦しむこの村で、将来を案じない者はいないが、だからといって、なぜあんな病身者が闇雲(やみくも)に飛び出していくのか。嘲笑こそすれ、彼の決意に期待を寄せる者など一人もいなかった。

それどころか、彼のその向こう見ずな行動が、今はまだ平穏に守られているこの村にとんでもない災難をもたらしはしないかと、むしろそればかりが心配でならなかった。

その彼がいったい何をしでかしたのか。村人は一様に眉をひそめ、訝(いぶか)しそうな目で訪問者を見た。村人の態度が急に変わったことに男は震え上がった。

ガストン親方を頼っていけ、と言われるままに恐ろしいギガロッシュに入ったが、やはりとんでもない場所へ来てしまったのかと、彼は顔を硬直させ、「ご勘弁を、ご勘弁を」と口の中で祈るように繰り返した。

そんな彼の前に、人々を割って一人の男が進み出た。