プロローグ 覚醒
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「迷い人だ。迷い人を拾ってきたぞ」
とその日、エミルの父っつぁんは、ギガロッシュから男を連れて帰った。
村人は毎朝、岩場に異変がないかを見て回る。魔境と恐れられたギガロッシュにも、時として向こう見ずな輩(やから)が入り込む。足を踏み入れてみれば、外からは想像も及ばない岩の迷宮だ。
しまったと悔やんだまま行き倒れるのがおちだが、それを見つけ、息があるならば助けてやろうと村に連れ帰るのだ。
だが、その日父っつぁんが連れ戻った男は様子が違っていた。村人が見回りに行く女神岩で、その男は憔悴(しょうすい)し、怯えながらも村人が来るのを待っていたのだ。
石畳がきっちり敷きつめられた広場。正面にはどっしりとした二階屋の建物が構え立ち、朝の光が白と水色の漆喰を美しく照らし出していた。
そんな広場の真ん中に連れてこられた男は、口を半開きにし、首をすくめてきょろきょろと辺りを見回し、恐怖と興味が半分半分という様子だ。
ちょっと大声を出そうものなら縮み上がりそうだが、魔境の果てに、これほどきっちりと整備された村があるとは知るはずもなく、その驚嘆ぶりが素直に表情に表れていた。
しかし、広場から放射状に延びた八本の小路から、湧き出すように人がぞろぞろと集まるのを目にしては、さすがに男の顔も青ざめた。
怯え戦(おのの)くのは村人も同じだ。行き倒れなどではない。
二百年閉ざされていた村に初めての訪問者が来た。外の者は村の存在すら知らぬはずなのに、ちゃんと心得て女神岩でじっと動かずに待っていた男は、どこでそれを知り、何の目的があってここへ来たのか。それを詮索すれば、村人の不安は膨れ上がるばかりだ。