だがふとそんなに簡単なものだろうかと考え始めた。伊藤医師の目はぎらぎらと輝いたり沈んでみたり、一所を睨んだりした。まるで目だけが生きているみたいだった。
「うぅん、やつら本当のことをしゃべるだろうか‥‥」
そう呟くと考えこんでしまった。渋谷院長も彼には隠していた。あの温厚な院長ですら秘密を独り占めにしていたのだ。車をある程度限定出来たとして、それで運転手は正直に話すだろうか。知っていて庇うかもしれないし、もしかすると何か儲け事を企んで軟禁しているかも知れないではないか。そんな所へのこのこ出かけていったら、それこそ逆効果に相違ない。
「こりゃ慎重に行動せねばならんな、もしかするとまた金がかかるかも知れん」
伊藤医師は頭の中でざっと所持金の計算をした。すると天啓のようなものが閃いた。
「そうだ、あいつはまだそこにいる、絶対にいるはずだ」
呻くように呟くと、口元に不気味な嗤いを浮かべた。骸骨は大した所持金を持っていないはずだ。場合によっては一円の金すらないのかも知れない。だとすると身動きの取りようがないのだ。
伊藤医師にはその夜の様子が目に浮かぶかのように思えた。
トラックは多分長野へ帰るところだったのだろう。轢きそうになった骸骨を乗せたくらいだから、運転手は気の好い奴に相違ない。行き場のないあいつを乗せて、下手をすると自分の家に泊めた可能性もある。そしてそんな面倒見の良い奴なら。そう考えると毒のような嗤いが肚の底からこみ上げてくる。そんなに面倒見の良い奴なら、あとは言うまでもなかった。
【前回の記事を読む】この広い世の中には一人くらい自分を受け容れてくれる人がいるだろう。そう考えて自らを慰めた。
次回更新は11月29日(金)、11時の予定です。