宴が催されていた大広間も、既にきれいに片付けられており、残った奉公人だろうか、二人の男が、がらんとした広間の隅で、天蓋から下ろされた紋章入りの旗を丁寧に畳んでいるところだった。
彼の姿を見かけると二人は遠くからこくりと会釈し、また黙って仕事に励む。彼は広間の内廊に置かれた椅子に腰を下ろすと、この長閑(のどか)な静けさに浸った。
人気(ひとけ)が少ないことに気が緩むと、頭に浮かぶのは昨日ギガロッシュに入っていったペペのことばかりだ。
もう親方には会ったはずだ。村を見て彼はどれほど驚いているだろうか。村人はこれをどう受けとめてくれるだろうか、と様々なことに思いを巡らせた。
ふと、彼は斜め背後に人の気配を感じ、はっとして振り返った。
「物思いとは、珍しいな」
いつからそこにいたのだろう、柱の脇で、バルタザール・デバロックが笑っていた。
彼はシルヴィア・ガブリエルを通り越すと、腰高窓の所まで行き、縁(へり)に肘(ひじ)をついて半身をこちらに向けた。相変わらず意味の読めない笑いを含んでいる。
「ふん、何も覗かせてなるものか、って顔つきだな。俺のことを、そう恐れるな。何も敵だと決め込んで嗅ぎ廻ってるわけじゃないぜ。場合によっては味方にだってなってやろうってものを、お前も疑り深い奴だなあ」
そう言われて、安易に乗っていけるものではない。
「今日は、随分と静かですね」
シルヴィア・ガブリエルは何食わぬ顔で話を逸らした。
「ああ、奉公人の半分が宿下がりだからな」
「あなたは、カザルス様のお側を離れるというわけにはいかないのでしょうね」
「まあな。だが、そうでなくても、俺には帰る家もなければ、故郷もない。ある意味あいつらの方が、上等のご身分だぜ」
そう言って、バルタザールは広間の隅で仕事をしている奉公人らの方へ目を遣った。
【前回の記事を読む】「こ、ここがギガロッシュか!」「怖い! ああぁ、おら怖い!」ペペは手で顔を覆うと恐怖におびえて大声をあげて泣き出した
次回更新は11月16日(土)、18時の予定です。