「ペペという男をご存知で?」

「ペペ? おお、あの刀を研ぐ百姓か?」

「あの者が今日から行方不明になりました」

イダの顔がはっと強(こわ)ばった。

「お前、まさか……」

シルヴィア・ガブリエルは黙って首を横に振った。イダは恐る恐る探るような口調で聞いた。

「それは何かギガロッシュに関係があることなのか?」

シルヴィア・ガブリエルは黙ったままで火を見つめていた。彼の端正な横顔が薪から上がる炎で赤く染まっていた。

これ以上は喋らぬ気だな、と諦めイダが壁から下げた薬草の束に手を伸ばそうとした時、火を見つめたままの彼が独り言のように呟いた。

「あの者がギガロッシュの向こう側の扉の鍵を開けに行ってくれました」

新年の宴が終わると、プレノワールの城の奉公人たちは交代で短い暇を取ることが許される。城を下がって、故郷や親兄弟の家に戻れるのはこの時ばかりなので、彼らは土産物を準備してこの日が来るのを心待ちにしているのだ。

厨房や鍛冶工房で働く奉公人は、もう今朝から次々と城をあとにした。領主とその家族に仕える小姓たちも、その多くは近在の諸侯や荘園主の子息なので、新年の宴に集まった親たちとともに、ひとり、ふたりと帰っていった。

ペペをギガロッシュへ送り出したあと、一日、イダの庵で過ごしたシルヴィア・ガブリエルは、そんな慣わしがあるとは知らず、早朝からの大移動に何事が起きたのかと驚いた。

城の守りにあたる兵士の数こそ普段と変わらなかったが、城内で立ち働く者の姿は、こんな午前中にもかかわらず、めっきり減っていた。

前々日の賑わいがあっただけに、妙に閑散としてしまった城の中は、どこか違った所を訪れたようで、彼はアンブロワに戻る前にあちらこちらを散策して楽しんだ。