第三章 ギガロッシュ
ああ、もうじっとしていられない。ペペは予定していたよりもかなり早い時間に小屋を出た。
空は冷え渡り、半分だけ欠けた月が中途半端に彼の心を照らした。親父は子どもの頃からいなかったし、お袋も去年死んだ。
嫁などめとれるような身分でもなかったから正真正銘の独り者の自分が、今日を最後にふっつりと姿を消したところで誰も気にも留めないだろうな。
こんな冬場の農閑期ならなおのことだ。……そう思うとさばさばした。
今日の宴はいつもより長く続いたので城に泊まりの諸侯方もおり、城門の警護が普段よりもしっかりしていた。赤々と火が燃え城壁の形がいつもよりくっきりと見えたが、それでもこんな時間になると動き回るような門兵の姿もなくひっそりとしていた。
城門の外にいるペペなどが見つかるわけもなかったが、それでもペペはどうぞお目こぼしをと願いながら注意深く動いた。
藪(やぶ)を潜って畑を横切り、もう一度藪を越えると小川つたいの道に出た。ここまで来ればもう誰に会うこともない。夜目にも慣れてペペの歩みも随分楽になった。
――あのアンブロワの従者は、おらにいったい何をしようとしているんだろう?
人に見つかる心配がなくなるとペペはまたそのことを考え出した。子どもの頃からギガロッシュにだけは近寄るなと言われ続けてきた。
あそこに行くと気がふれる、熱病にうなされて死んでしまう、怖い死霊に捕まって悪魔の生け贄にされるとか、生け贄になるとき皮を剝がれるのだとか、それは童歌(わらべうた)に乗せて頭に叩き込まれた。
そんな怖い所に向かう自分はもう頭が変になってしまっているのか、これこそ悪魔にたぶらかされているのか。繰り返し繰り返し同じことを考えながら、ペペはそれでも足を止めることなく歩き続けた。
頭でいろいろ思いあぐねても、ペペの体は本能的に彼をギガロッシュに運び続け、やがてはたと止まった。
まだ夜が支配する闇の中に、なお黒々と立ちはだかる闇の中の闇。夜目に慣れたペペの目前に、星一つ浮かばぬ真っ黒な大きな闇が、とてつもない袖を広げて立ち阻(はば)んでいた。
「こ、ここがギガロッシュか!」
ペペは思わず声をあげた。さっきまでようやく折り合いを付けてきた決心が一瞬で怯む。ペペはへたっとその場に腰が抜けたように座り込んだ。
「怖い! ああぁ、おら怖い!」