ペペは手で顔を覆うと大声をあげて泣き出した。寒さと恐怖にがちがちと奥歯が音を立てる。立って逃げ帰りたい気持ちだったが、やはり腰は本当に抜けてしまったのか力が入らないし、助けを呼ぼうにも今は泣き声さえも奥歯の間から漏れるすきま風のように弱々しい。
どっちみち誰もいないのだ。ペペは絶望的になった。
誰もいないのではない。
先ほどからずっとシルヴィア・ガブリエルは岩の陰からペペの様子を窺っていた。とりあえず一人でやって来たか……一縷(いちる)の望みが繋がったことに彼は安堵していた。
だが予想通りペペは怯んでいる。
無理もない……村の者だってお前と同じように怖ろしいと思うからこそ籠(こ)もっているのだ。彼は心の中でそう呟き、ペペの恐怖にひっそりと寄り添った。
やがて闇の中にあったギガロッシュの巨石の頂(いただ)きに、仄かな紫の空が闇をこじ開けて現れると、岩の稜線(りょうせん)はくっきり黒々とその姿を見せ始めた。
ペペは顔を上げた。彼の背後はまだとっぷりと夜の中にあったが、目の前のギガロッシュの大きな岩の間から朝の気配がにじみ出てくるのをペペは見た。頂きの紫の空は紅色の空にほんの少し押し上げられようとしていた。
黒い岩と岩の裂け目から朝靄(あさもや)とともに何本かの弱い微かな光が伸びて、突っ伏したままのペペの 指先に届こうとしていた。
さあ、さあ、と妖しい白い妖精が彼の手を取ってその裂け目の中へ導こうとしているかのように。ペペは何も感じないまま、這うようにしてその光の誘いを受け入れた。
一枚目の岩に手をかけると、そこで萎えた腰を持ち上げて立ち上がり、吸い込まれるように二枚目の岩との間を抜けた。あとはもう夢遊病者のように頭の中で繰り返される声に従って右に折れ、双子岩の間に消えた。
シルヴィア・ガブリエルはその後ろ姿を見送ると、マントの中に捧げ持っていた剣を静かに下ろし、深く息をついた。何日もここでペペを見ていたような気がした。
「すまぬペペ、俺はお前を見送るためだけにここに来ていたんじゃないんだ。こうして……」
そう独り呟きながら剣を皮袋に納め、ペペの消えた方へ優しい顔を向けた。
「あとは頼んだぞ」
誰に語るともなくそう言い残して、急ぎ城に引き返した。
途中まではエトルリアを疾駆(しっく)させたが、城壁が望める辺りまで来ると音を立てないように馬を下りた。裏口からするりと忍び込むと、人目につかぬように気を配りながらイダの庵に転がり込んだ。
【前回の記事を読む】頼むペペ、どうか約束通り一人でやって来てくれ!……ガブリエルは祈る思いであの男がやって来るのを待っていた
次回更新は11月15日(金)、18時の予定です。