突然翔太くんが火がついたように泣き出した。はしゃいで転んでしまったようだ。

「翔太、どこぶつけたの? ママに見せて。よしよし、痛かったね〜よしよし」

川田さんは翔太くんを抱っこしてあやし、泣きやむまで誰もがその様子を見守った。

「焦げてる! 焦げてる!」

美香の声に、川田さんは慌ててキッチンに駆け込んだ。翔太くんにかかりきりになって、火のついたままのビーフシチューのことを忘れていた。

「あ〜、しまった! 底の方は焦げちゃった。これはもうダメかも〜」

川田さんは残念そうに言ったが、そのまま食事は始まった。せっかくのビーフシチューは煮詰まってしまったけれど食べられないことはなさそうだ。

「食べる」と決めていたので、栞は一番先に口にした。それは久しぶりに味わう肉の脂の旨味で、お世辞抜きで美味しいと感じた。

「栞ちゃん、どう? 煮詰まって、苦いくらいだよね。ごめんね〜無理して食べないで。みんなも無理して食べないでね。ほんと、ごめんね〜」

川田さんは少しも悪くないのに皆に謝り続け、「食べないで。もう食べないでいいから」と何度も繰り返した。

そこで栞の気持ちは一気に「食べない」方に傾いた。「食べる」つもりで覚悟をして来たのに食べなくていいらしい。

よし、それなら食べない、そう決めると栞はひとり先に帰る算段を始めてしまった。ビーフシチューがダメになったから、この後手土産のケーキや焼き菓子が早目に出されるだろう。

だからその前に帰ろうと思いついた。不自然に思われないようにサラダやパンを食べて、皆と会話をする間も、栞の頭の中は先に帰る上手い言い訳を考えることで一杯になった。

「夕方から家族で出かける予定に変わったので」という言い訳に決めて、栞はひとり川田邸を後にした。

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