第三章 ギガロッシュ
仕立屋の男と別れたあと、彼は厩舎に廻ってエトルリアの様子を見て、馬番が蹄鉄(ていてつ)の付け替えをするのを手伝った。
彼らの閉塞された村でも馬は必要だった。不定期にこちらの世界を覗きに来る時も便利であったし、農作業にも使えた。
最初は一頭もいなかったが意外にも簡単に調達できるものである。ギガロッシュに迷い込んだ旅人が乗り捨てたものや、そこで果てた旅人から離れて馬だけがギガロッシュを越えてきたこともあった。
馬の扱い方や交配については山の東向こうの異民族から教わっていたので、村の者はこちらの人間よりもよほど馬に慣れていたのだ。
アンブロワに来て、馬番は彼の仕事ではなかったが、馬の扱いに慣れた彼は重宝がられた。エトルリアのような気性の荒い馬相手の時には、彼はなくてはならない存在だったし、馬番たちは彼の馬扱いのこつを学びたがったのだ。
村の知恵や技はやはりこちらでは相当使い物になる、とシルヴィア・ガブリエルは自分の思惑が間違いではなかったことに自信を深めた。問題は、その技術が彼らの恐れる所から来たものであってもなお必要とされ得るかだ。
気を良くするのはまだ早い。準備は周到にせねばならない、と彼は自身に言い聞かせた。
部屋に戻ると、包みがもう届いていた。中をほどいてみると、仕立屋も随分謙遜して言ったものか、実に立派な服が一揃(ひとそろ)い入っていた。
黒の胸着には同じく黒の糸でとけい草の刺繍が胸一面に施され、花心の雄しべの部分にだけほんの少し銀の糸が使われて豪奢でありながら実に品良く仕上がっていた。後ろ脇は左右が紐で編み上げられており、着るとぴったり体の線に沿った。
詰まった襟には白い下着が覗き、袖には大胆に切れ目が施されていてそこからも下着の白が鮮やかに垣間見えるという非常に斬新な仕立てであった。