「実はねえ、オレ見てたんすよ、わぁと声がしたんで見たら、骸骨があの小道へするすると入ってきたんで‥‥」
運転手は勿体つけるように間を置いた。
「初めはちょっと吃驚したなあ、でもそいつが服を着て出てきたんで、ピンと来たんだ」
運転手は振り向くと蟀谷の辺りに人差し指をあてた。目が狡そうに笑っている。
「それで様子を窺ってたんだよ、そしたらそいつ、タクシーに乗ってさあ、思わず後をつけちゃったねえ」
彼は無言で聴いていた。こういうおしゃべりな男には下手に口を挟まない方がいい。黙って聴いていれば、得意になって洗い浚いしゃべるに決まっている。
「あれびっくりテレビか何かなんだろうな。オレ、きっと映されてたんだよ。へへっ、そのうちテレビに出るかもよ」
車はやや暫らく走っていた。伊藤医師は漠然と港に向かっているなと思っていた。核心に近づきつつあるとは思っていたが、油断はしなかった。ぼんやりしているように見えて、抜かりなく道行く人々に目を光らせていたのである。まだ骸骨が東京にいると思っていたのかも知れない。
「ここですよ、ここ」
運転手は車を停めると室内灯を点けた。
「どこだい?」
「平和島、この先はすぐ公園ですよ。あいつここで降りたんだ」
そう言うと運転手は首の後で腕を組んだ。そして煙草をくわえると火を点けるでもなく鼻歌を謡いだした。態度があまりにも見え見えで伊藤医師は笑い出した。
【前回の記事を読む】東京での骸骨探しは難航。飲み屋で偶然耳にした、ひょっとこ踊りの話とは?
次回更新は11月8日(金)、11時の予定です。