誰に訊いても話は似たり寄ったりだった。どの店に入っても、どの運転手に尋ねても結局はその通りで話はお仕舞いになった。伊藤医師は煌々とネオンの瞬く通りに立って辺りを睨め回した。そいつが消えたという小道にも入ってみた。一角はビルに囲まれて暗かったが、わずか五十メートル向こうにはまたネオンの灯が爛れた光の渦を撒き散らしていた。
この小道で姿を晦ましたからには向こうへ行くほかないのだ。彼は注意深く周囲を見回した。時に屈みこんだり、ビルの入口の奥を透かしてみたり、その姿は医師というよりも、むしろ密偵に相応しいものだった。
背後からゆっくりとタクシーが近づいてきた。彼は歩道へ寄って道を空けた。タクシーはそのままの速度で近寄り、目の前で停まった。ドアがパタリと開いた。彼は怪訝な表情で運転手の様子を窺った。煙草をくわえているらしく、頭部と思しき辺りに赤い火が点のように見えている。
「お客さん、乗らないのかい?」
ふてぶてしいような声がドア越しに聞こえた。彼は一瞬躊躇したものの、思い切って中へ入ってみた。座った途端バタムとドアが閉じたが、車の出る気配はない。
「お客さん、骸骨のこと調べているんだってね。いいこと教えてあげようか?」
運転手は前を向いたままだった。口元で吹かした烟が後部座席まで流れてきた。彼は無言で運転手の後頭部を見つめた。
「最近不景気でねえ、ちょっと遠乗りしてくれないかなあ? そうしたらきっと満足してくれると思うぜ」
ざっと胸算用してみた。そしておもむろに財布を取り出すと、まず一万円札を差し出した。
「へへっ、こりゃどうも」
そう言って振り返った顔はまだ二十代半ばの若さだった。暗がりの中で伊藤医師は薄笑いを浮かべた。
「君、好きに走っていいよ、ただし要件は手短に頼む。場合によっては‥‥割り増し料金を払うぜ」
彼は料金というところに微妙な抑揚をつけた。車は走り出した。