春のある日、智子ママが玄関を開けていた隙に外に飛び出した。家の周りを恐る恐る散歩していると、広い空からは小鳥のきれいな声が聞こえてきて、春風が爽やかだった。隣の畑のほうに行って、土の上でゴロンゴロンと転がってみた。
草や土の匂いが新鮮で、菜の花やカタバミの花も咲いていた。外の世界は何て楽しいのだろう。しばらく遊んでから家に帰った。
「にゃん太郎、どこに行ってたの。外は汚いからね」
智子ママは待ち構えていて、僕を捕まえると体や足をタオルで拭いてくれた。
味を占めた僕は、一階の部屋の窓や玄関が開いていると、ママが知らない隙に、そっと散歩に出ることが多くなった。
いつだったか、知らない猫に出会った。しわがれた声で、「こっちへ来いよ」と呼ぶので付いていった。奴は、外の世界のボス野良猫で、厳(いか)めしい顔つきをしていた。はじめは、「ここは俺のなわばりだぞ」と威張っていて、僕に襲いかかってきたこともあったけれど、何度か会っているうちに、なぜか僕を気に入ってくれた。
彼の後について行くと、近所の〝猫の道〟を案内して、いろいろと教えてくれた。この家にはよく吠える大きい犬がいるとか、こっちの家には猫の仲間が三匹飼われていて、外にもエサが置いてあるとか、
またこの植込みの下を通ると近道で、今はもう住んでいない犬小屋があるから雨露を凌げるとか、この家の人は猫嫌いで、嫌な匂いのハーブが植えてあるとか、何でも知っていた。
ハーブのある家の離れは静かで、日向ぼっこに最適な窓辺があって、よくボスと昼寝をしていた。この頃は、きれいなピアノの音が聞こえてくる。最近置かれたらしいハーブの鉢の嫌な匂いがきつくて、窓辺に近付くことができなくなった。とにかく、外の世界はいろんな冒険ができて面白い。ボス猫のお陰で、僕の知識と楽しみが増えた。
【前回の記事を読む】去勢というらしい。人間と暮らすためには、こんな犠牲を払う必要があることを思い知った。
先行配信はここまでとなります。次回連載予定は未定です。