「異議申し立てをされてからまだひと月も経っておりますまい? その前に相続の手続きはご夫君の葬儀の頃に調っております。イヨロンド様のお申し立てが今どこまで進んでおりますか、普通は申し立てても審議されるまでに結構な時間がかかるものでございます。

ただ、今回相手はカザルス殿。厄介ですな。あの方は王の従兄弟でございますから、その申し立てを飛び越えて緊急の手続きがなされたかもしれませぬ。となればイヨロンド様、これはちょっと手も足も出せませんぞ」

「何じゃと!」

イヨロンドは甲高い声をあげ、身を震わせた。

「そんなことがあってなるものか! そんな勝手は許さぬ!」

「だが、シャルル殿にようそんな知恵がございましたな。あの方は真面目一方の絵に描いたような堅物、先祖伝来の領地をきっちり守るなら釘を打ちつけてでも、とは思われるでしょうが、こんな離れ業をなさるとは」

バスティアンは首を傾げた。そこまで難しい話は御免と退屈そうに話を聞いていたフランチェスカ・バターユが急にはっと閃いた顔をした。

「そういえば……領民の間で噂になっておりましたの。馬が暴れて城門を飛び出し、それを旅の若者がたった一人で連れ戻したとか。その話で皆大騒ぎしておりましたのよ。いえ、馬が暴れたことじゃなくて、その旅の若者が大層美しい顔かたちをしていたって。

グランターニュ山脈の向こうから来たらしいのですが、そんな山育ちにはとても見えないそうですわ。あんな所から来た、正体不明の者ですが、なぜか即刻お召し抱えになったとか。お小姓にでもされたのでしょうか、でも新しく雇い入れたのはその者だけのようですわよ」

【前回の記事を読む】「何じゃと!」イヨロンドは血相を変えて叫んだ。シャルルのもとに送り込んであった内偵からの報告によると…

次回更新は10月29日(火)、18時の予定です。

 

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