第二章 イヨロンド
「そうよなあ、儂が王に使いを出せば、実際もうどう足掻いてみてもこれをひっくり返すことはできぬであろうが、そうなればそうで逆上して何をしでかすかもわからぬお人であろう?
とにかくちゃんと調うまでのこの十日あまりが心配じゃ。アンブロワに戻らずに、ひとまずここに身を寄せられてはいかがかな? そうだ、そうされるがよいわ。折角の名案を台無しにされてはかなわぬ」
カザルスの言葉にシャルルはくるりと向きを変えてシルヴィア・ガブリエルの耳元に何事か囁き、若い従者は黙したままこれに頷いた。向き直ったシャルルは、
「有り難きお心遣い、かたじけのうございます。今日よりカザルス殿と私は主従の関係。何事もカザルス殿のお心のままに従いましょう」と神妙に答えた。
「まあまあ、そう堅苦しく考えんでもよいわ。主従というても便宜上の契約よ、ここにいる間は客人として過ごされよ」
気安い言葉を残してカザルスとバルタザールは謁見室を出た。何食わぬ顔で回廊まで出たカザルスは急に取り澄ました態度を崩してバルタザールに言い募った。
「おい、見たかバルタザール! 見たわのお! あれはちょっとお目にかかったこともないような美形じゃ。何でシャルルなんぞの所におるのか、それはちょっと理不尽だが、いやぁ驚いたわ」
バルタザールはもう堪えることもないので、主人の態度に白い歯を見せた。
「お前、ずっと笑っておっただろ?」
「あれが笑わずにおられましょうか。カザルス様はずっとあの青年に見惚(みと)れておいでで、シャルル殿のお話など端(はな)からまったく聞いておられませんでしたでしょう。思わず声まで出されて……でも誤魔化したらシャルル殿のお話と絶妙に噛み合ってしまって……」
バルタザールは腹を抱えた。
「だが、今日はあの策士を連れてまいると思うておったが……」
「あれがその策士殿ではないのですか?」