池永は大学時代に病気のせいもあって六大学での優勝メンバーになれなかった。その夢、君が引き継いでやってくれ」

僕の人生は、はっきりとこの瞬間に変わったと今でも思う。もやもやとした思いが雲散霧消して、やる気が猛然とわいてきた。この日を境に、学校の勉強も手話の勉強も、野球部の練習にも全力を注ぐようになったのだから。

結局、その日は夕食までお世話になってしまった。真紀さんと一緒に食卓を囲むのは妙な気分だった。

「太郎君、今日は随分盛り上がっていたわね」

「いや、申し訳ない。すっかり長居してしまった。おまけにご飯までごちそうになってしまって」

「うちのお母さん、料理上手でしょう? 卵焼きが特に美味しいの」

「本当だ、おばさん、美味しいです」

「あらやだ、まだ43歳なんだから、おばさんはやめてよ」

「す、すみません」

福田記者は楽しげに黙々とウイスキーのグラスを傾けていた。かなりの酒豪なのだと真紀さんから教わっていた。

年上の既婚女性をどう呼べばいいか分からず恐縮しきりだったが、卵焼きは本当においしかったし、から揚げも絶品だった。とても温かい家庭だな、とそう思った。