第二章 中学野球編

そんなある日のことだった。真紀さんが僕に声をかけてきた。

「お父さんが太郎君に会って話を聞いてみたいって言っているの。今度の日曜日、時間ある?」

新チームが発足して間もない日のことで、僕は勉強にも身が入らずにいたから、否やはなかった。

「でも、なんで僕なの? 英児のことを知りたいというなら話は分かるけど。まぁ、あいつ新聞とかの取材は全部断っているからな。そのせいかな」

障がい者、沢村英児を取り上げようとするメディアは山のようにあった。

それはそうだ、関東大会で大活躍する聾唖の剛球投手でしかも強打者。中にはテレビ局の取材依頼まであったらしい。

顧問の谷本先生に頼んで、英児はそのすべてをかたくなに拒否していた。写真を撮られることさえ嫌がった。確かに、渉さんの言われた通り頑固な奴だった。

僕はその週の日曜日、福田真紀さんのお宅を訪ねた。日吉駅からやや離れた閑静な住宅街にある一軒家だった。

そこで待っていたひげを蓄えた穏やかな紳士が、福田記者だった。そのときちょうど50歳。神奈川地域新聞運動部デスクで、大学時代はラグビーの花形選手だったという。