第1章 予兆(よちょう)
3 九頭龍伝説(くずりゅうでんせつ)
修司は本を棚(たな)にもどして、しばらく物思いにしずんだ。ふと、心に痛みが走った。
修司は幼いころから、ときどき発作的(ほっさてき)に暴れることがあった。小学生のころは小さく、力もなかったので、それほど大きな問題にはならなかった。
中学生になると急に背がのびた。力も強くなった。でも、気が弱く、だれにでもやさしかった。子どもの世界には、どこにでもいじめっ子がいる。転校生が入ると、えものを見つけたオオカミのように目を光らせる。
あるとき、修司は見るに見かねて、「やめなよ! いじめは」と、言った。
それからは、修司がいやがらせを受けるようになった。帰宅途中(きたくとちゅう)で待ちぶせされ、四、五人の男子から、石を投げられたこともあった。額や手から血がにじんだ。
ある日、教室の中で修司はキレてしまった。自分では覚えていない。あとで聞いた話では、急にいじめっ子になぐりかかったそうだ。先生たちがかけつけて、数人がかりでやっと止めたそうである。
小さな町だった。いじめっ子の父親はその町の有力者だった。修司は母一人子一人であった。その事件から一か月もしないうちに、その町を去った。
母はよく修司に言ったものだ。
「おまえの中には、鬼(おに)が住んでいるんだよ。その鬼(おに)がやさしいおまえをおしのけて、ときどき出てくるんだよ」
その母も、修司が夜間学部の大学三年生の秋、亡くなった。修司は世間に対し、用心深くなった。心にかたい鎧(よろい)をまとった。
第2章 夏休みの自由研究
1 カメラアイの文子
もうすぐ夏休み。カルガモ小学校の五年生になった波奈(はな)は、夏休みが大好きだ。もちろん、たくさん遊べるから。
「ねえ、波奈ちゃん。夏休みの自由研究、何にするか決めた?」いっしょに校門から出た坂井文子(さかいふみこ)が、話しかけてきた。
「ヒスイとお姫様(ひめさま)の伝説よ」
なぜか、メガネの奥の文子の瞳が、光った。
「それってなあに?」
波奈は五月の連休に、新潟(にいがた)のおじいちゃんのいなかに遊びに行った。そのとき、駅の窓の外に見える越後三山(えちごさんざん)の名前の書かれた地図と並んで貼(は)られていたきれいなポスターを見た。
手のひらに、少しとうめいな白と緑色のもようのある、きれいな玉を持っているお姫様(ひめさま)を。おじいちゃんの話では、糸魚川(いといがわ)市というところに、ヒスイ海岸があって、ヒスイを拾えることや、お姫様(ひめさま)の伝説があることを知った。