「ヴァネッサという村も聞かぬ名前よな、いったいどこにあるのだ?」

「はあ、グランターニュ山脈のまだ東側にある小さな村のようでございます。そうだったな?」

グランターニュ山脈とはこの国土の東のはずれを塞ぐ山脈で、それを越えた先には、まだ国王の手の届かぬ未統治の山岳地帯が残されていた。そこに点在する村の一つからやって来たことにすれば、しばらくは出処を暴かれずにすむ、と考えてあった。

シャルルが首を後ろに向けて確認すると、シルヴィア・ガブリエルは小さくこくっと頷いた。仕草が初々しい少年のようにも見えた。

「そうよ、先ほどの書状の件だがな、大至急王の下(もと)へ使いをやって、儂とそなたの間に主従関係が成立したことを伝えよう。アンブロワの領土は一旦このプレノワールのものとなり、その後封土としてそっくりそなたに取らせよう。

これに関しては口約束ではあるがここで確約いたそう。先々代のギュスターヴ殿より懇意な間柄の我ら両家よ、約束を違(たが)えるような卑怯なことは決してせぬから安心されよ。

だがな、大至急というてもきっちり調うまでには十日ほどかかるであろうなあ。その間にあの奥方の耳に入らねばよいが、もし聞き及んだなら厄介よのお」

カザルスは手入れの良い顎髭をさすりながら思案した。

「あの母は、お恥ずかしいことではございますが尋常な女ではございませんので、どのように動くかちょっと私にさえも予測がつきかねます」

シャルルは申し訳なそうに萎れた。

【前回の記事を読む】瞳の美しさに思わず「おお!」と声を発してしまいそうになるのをやっと堪えた。それでもたまりかねて「見事じゃ」と小さく呟いた

次回更新は10月27日(日)、18時の予定です。

 

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