「ほう、さようか、どこか御身内か縁ある者かの?」
この田舎者の領主に、間違ってもそんなことはあるまい、とは承知のうえだ。
「いえ、それが、通りすがりの旅人でございましたものを、偶然にもひょんなことから召し抱えることになりまして……」
通りすがり! 旅人! ひょんなこと! カザルスの頭の中で三連発の鐘が打ち鳴らされた。
あり得ぬ! 求めても来ぬ者がこんな田舎者の手に!
カザルスは内心穏やかではなかったが、上辺は努めて平静を装った。
「ほう、旅人か。どこから来た者だ? 名は何と申す?」
シャルルはちらと後ろに目を遣ってから、
「ヴァネッサという村からやって来たシルヴィア・ガブリエルにございます」と答えた。
「シルヴィア? 何、そなたは女か?」
カザルスは面食らった。
「いえ、カザルス殿もそう思われましたか。どうもこの者の村の妙な風習で、赤子の折に大病やら命に関わる怪我をした者は、男なら女、女ならば男の名を付けて育てるのだそうで、この者は仮死で生まれたためにこの名が付いておるのだとか。しかし面倒でございますからいっそシルヴィオとでも改名させましょうかな?」
「何! 仮死で生まれたのか! ほう、ならば今日まで生きながらえたのはその名のお陰よ、改名などせぬ方がよかろう。いや、女と言われてもなるほどと思える容姿であったから驚いたまでよ」
シルヴィア・ガブリエルは、またかというように眉をひそめ、顔を床に落とした。この名は本当にややこしい。そんな風習などなければよかったのに、と恨めしく思う。