序章 旅立ち
「……はて、私に、一体何を?」
「実は……お聞き及びのこととは存じますが……東大寺の大仏は、まだ御頭だけしか、鍍金(ときん)がなされていないのです。お体すべてを覆(おお)うには、とても金が足りないのです」
去年八月の東大寺大仏開眼供養(けいげんくよう)には、鍍金(ときん)は頭部だけしか間に合わなかった。大仏の首から下は、まだ地が剥(む)き出しのままだったのだ。
「それで、誠(まこと)に申し訳ないのですが、ぜひ円位上人(えんいしょうにん)(西行)に、奥州藤原氏(おうしゅうふじわらし)の藤原秀衡(ふじわらのひでひら)公の所へ、砂金の勧進(かんじん)(寄付を募(つの)る)に御足労(ごそくろう)いただきたいのです」
意外な話に、西行は目を見開いた。
「この老僧が、ですか? 私は、今年もう六十九歳になるのですよ」
「この通り、重源(ちょうげん)たってのお願いでございます。奥州藤原氏は、豊かな金鉱に恵まれております。地の底から金が溢(あふ)れ出、川の水には砂金が混じっているとか。
東大寺の御仏(みほとけ)のために、藤原秀衡(ひでひら)公に、ぜひ砂金の御寄付をいただき、御仏(みほとけ)との御縁(ごえん)を結んでいただきたいのです。
円位上人(えんいしょうにん)は、元々は、奥州(おうしゅう)藤原氏と九代前に繋(つな)がる佐藤家の棟梁(とうりょう)殿でいらっしゃいます。
円位上人(えんいしょうにん)に奥州(おうしゅう)までお越(こ)しいただき、直々(じきじき)にお話しいただければ、藤原秀衡(ひでひら)公も否(いな)とはおっしゃらないと存じます」
「私が、奥州(おうしゅう)へ……」
西行は、ため息をついた。ここ数年足腰に衰(おとろ)えが来ていることは、西行自身が誰よりも知っていた。今の自分には、到底奥州(とうていおうしゅう)へ旅をするほどの体力は残っていない。無理だと、老いた体がしきりに訴えていた。