「お館様がご領地内の諍(いさか)いを嫌い、早急にこの問題を片付けてしまいたいとお考えであれば」

「おう、そうであればどうだ」

シャルルは身を乗り出した。

「ノエヴァはもともとイヨロンド様のご実家の領地でございますから、それはお返しなさればよろしいでしょう」

「ああ確かにな。だがな、あのイヨロンドという女は欲の塊(かたまり)でな、ノエヴァを奪回すれば次はここ、次はあそこと、このアンブロワの領土すべてを手に入れるまで諦めはせんのだ」

「はい、ですからノエヴァを返却したあとは、その他の土地にあの方がもう決して手が出せないようにするのです」

シャルルは若者の顔の前に屈んで人に聞かれぬように低く小さな声で聞いた。

「どういうことだ?」

覗き込んだその瞳が溺れるほどに深い。

「隣のカザルス様と即刻同盟を結ばれるか、あるいはいっそのことアンブロワの領地を捧げ、臣に下られて、その庇護の下(もと)に入るのでございます」

「何だと!」

シャルルの声は素っ頓狂(とんきょう)に裏返った。

「このアンブロワの領主である私が、カザルス殿の臣に下るだと! 大馬鹿者が戯(たわ)けたことを! 大真面目にそなたの言葉を聞いたのが愚かだったわ!」

シャルルは声を荒らげ、かっとなって言葉を吐き捨てた。だが、シルヴィア・ガブリエルは怯(ひる)むことなく顔を真っ直ぐに上げて、相変わらず透き通るような視線をシャルルに向けながらなおも言葉を続けた。

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次回更新は10月22日(火)、18時の予定です。

 

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