第一章 全てを赦(ゆる)す色

銀杏(いちょう)が黄色くなる季節

クーラーもない車、でも車中で寝るのは心地よかった。そしてフェリーに乗って島に着いたときのあの感覚。

人生には誰しも忘れられない一瞬がある。例えばその時に感じた香りや空気の色など、かたちは人それぞれかもしれない。それは時を超えて持ち続ける記憶であり、それを思い出した瞬間 、まるでその世界に戻ったかのような気持ちになる。

海に向かう小道を横切る小さな蟹、そして日陰 の裏道を歩くときのジメッとした匂い、それは少し悲しい匂い。

海に行く途中の岩場にはフナムシが沢山おり、紫衣は踏むのが嫌だからわざと大きな音を立ててフナムシを追い払っていた。

紫衣は父が海岸で海草を採集する時、一緒に歩いた。採集された海草は押し花のように久史のノートに貼られていった。久史は落ちている葉を拾い、薬剤で葉っぱの葉脈だけを残し、栞にして紫衣にくれた。

それを本に挟む時、宝物を抱えている感覚になった。

海の中にいるウミウシはとても美しかった。家に持って帰りたいと紫衣は言ったのだが却下され、代わりにこれならいいと言われたのが、スカシカシパンと言われるウニの仲間だった。

それは水深二メートルくらいの白い砂底に沢山いた。潜ってスカシカシパンをいくつか取り新聞紙にくるみ  、東京に持って帰った。新聞紙を開けたら、生臭い匂いが充満し、海で見たそれとは違う物体になっていた。

紫衣にとって島での経験は良いことだけではなかった。けれどそのどれもがかけがえのない一瞬であり、確実に紫衣の中で記憶として生き続けた。そしてその記憶は積み重なり、やがて成長した紫衣自身を形作っていった。

紫衣も翔も島の暮らしは本当に気に入っていたのだが、両親も兄から離れに追いやられるほどなのだから、きっと久史は行く度に嫌な思いをしていたのだろう。

久史は紫衣たちが過ごしやすいようにと別荘を建ててくれた。海まで子供の足で十五分くらいの小高い丘の中腹に、赤いとんがり屋根の別荘ができた。

赤いとんがり屋根なんて当時の島には一軒もなく、「山口県大島郡 赤い屋根の家」で郵便が届くほどだった。二階には天窓があり、いまにも降ってきそうな沢山の星を見ながら眠ったものだ。