シャルルにとって、領地を我が物に取り戻そうとする強欲な母の目論見(もくろみ)よりも、その手段として持ち出された不義の息子という物言いの方が何層倍にも腹立たしかった。
これまで、あの母の胎から生まれ出たというおぞましさを、父の子でもあるという一点で打ち消してきたものが、その最後の神聖な砦を傷つけることによって打ち破ろうとされることが許しがたかった。
そんな出任(でまか)せを勿論シャルルは信じなかったが、唯一守られてきた自分のよりどころを、あの女の汚い手で掻き回されたかと思うと、はらわたの煮えくり返る思いがする。
シャルルはふっと思い出していた。
昨晩、そう言えば父の夢を見た。夢の最初も最後もどうも虚(うつ)ろで記憶がはっきりしないが、領内の川辺に父と二人して立って水の流れを見ていた時、父が発した言葉だけが妙に耳に残っていた。
「天使の名を持つ者がお前を助けてくれるであろう」
何の話だ。天使の名? 天使の名だろうが何だろうが、あのイヨロンドを何とかしてくれるのであれば誰でもよいわ。――ああ父上、私はどうすればよいのですか?
その時、シャルルのいる居間に城代のジロンデルが入ってきた。父の代からずっと城代をしている、律儀で信用のおける男である。
シャルルが顔を向けると、痩せぎすのジロンデルは一礼をして用件を話し始めた。
【前回の記事を読む】妹のために準備されていた嫁入り支度を我が物にして玉の輿に乗ったイヨロンド。結婚してしまえばこっちのもの、とでも言うように…
次回更新は10月20日(日)、18時の予定です。