第二章 イヨロンド

「今朝方、厩舎(きゅうしゃ)から馬が一頭逃げました。例のあの気性の激しい奴でございます。鞍(くら)を乗せようといたしましたら嫌って暴れまして。たまたま葡萄酒の樽を搬入するために城門が開いておりましたので、搬入に来ておりました領民数人を蹴散らして外へ飛び出してしまいました。

すぐさま追いかけたのでございますが、何せあのどうにもならない気性、近づくのも危のうございますので手こずっておりましたところ、通りかかった旅の若い者がたった一人でうまく宥(なだ)め、捕らえたのでございます。

その上に何やら馬の耳元で囁きますと馬が妙におとなしくなり、たてがみを掴むや鞍も置いていない裸馬にひょいと乗ってしまいました。あの荒馬にでございますよ! で、その者にそのまま厩舎まで馬を戻してもらったのですが……」

そこまで言って城代は少し言いよどんだ。

「それでどうしたのだ」

勿体ぶるなとシャルルはその先を急(せ)かした。

「はあ、まあ馬を宥めて戻したのはその者の手柄。どこから来た者かはわかりませんが、何か褒美でも取らせようと、差し当たって欲しいものはないかと尋ねましたところ、これがその、褒美など要らぬからご領主様にお召し抱え頂きたいなどと申すのでございます」

「ほお」

シャルルは気のない返事をした。

「どこの誰ともわからぬ怪しいものではございますが、馬の扱いには随分長けておりまして、何せあの荒くれを乗りこなしてしまいましたので、これには皆驚きでございます。それに身なりもそう卑しい者のようには見受けられませず、帯刀(たいとう)いたしておりまして百姓の倅(せがれ)のようには見えません。いかがいたせばよろしいでしょうか」

ジロンデルはシャルルの顔色を窺った。