ただ、緩く腰に巻かれた革ベルトには、ところどころに恐ろしく緻密な蔓薔薇の彫金を施した金具が取り付けられていて、目を惹いた。他に豪奢な物は何も身につけていなかったが、その風貌に控えめな身繕いがかえって出自のよさそうな品格を与えていた。
「そなたが今朝、馬を取り押さえた者か?」
シャルルの問いかけに若者はこくりと頭を下げた。
「シルヴィア・ガブリエルとか申したな。男にしては奇妙な名だと思うたが、まさか女なのか?」
たまげた質問に若者は顔を赤らめ、かぶりを振った。
「ご覧の通り男でございます」
「いや、そうご覧の通りではないぞ。見ようと思えばどちらにも見える。のお?」
とシャルルは城代のジロンデルに同意を促した。急に言葉を振られた城代は照れたような笑いを浮かべた。
「ご冗談を」
若者は俯き加減に小声でそう吐いてから姿勢を向き直して続けた。
「故郷の妙な習慣で、わざと女の名前が付けられております。生まれた時に病弱であったり、生後間もない頃に大病や大きな怪我をしますと、故郷では男なら女の名、女ならば男の名を付けて丈夫に生まれ変わらせるという慣(なら)わしがございます。
旅をして諸国を回りましたが、他にこのような習慣はなく、行く先々で妙な疑いをかけられて迷惑いたしております。いっそ面倒を避けて偽名でも名乗っておこうかと思いつつも、名を問われるとついつい馴染んだこの名を口にしてしまい、いつもしくじっております」
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次回更新は10月21日(月)、18時の予定です。