アイアムハウス

年上だが先輩とは言いたくないので、笹井は野沢さんと呼んでいた。

「何ですか、野沢さん。呪われるって。どういう意味で言ってるんですか」

「お前は何も知らないんだな。来て二ヶ月なのに、もう死相が見えてるぞ」

「死相?」

馬鹿馬鹿しいというように、笹井が小声で返した。会議室の前の方では、木嶋達が喧々囂々 (けんけんごうごう)の怒鳴り合いをしている。

「お前、深瀬さんと現場で話したんだろう? 相棒になりたいのか? 赴任してきて早々、くじ運の良い奴だ」

「話したのは初めてでしたけど、深瀬さんはとても優秀な刑事でしたよ。その人の近くで捜査の経験ができるなんて、ありがたい話だと思います。さっき目の前で深瀬さんの現場検証を見ましたけど、信じられない速さと正確さで捜査を進めていましたし。一時間で、四つの現場を全部見てました」

「そいつは異常だな。ドーピングでもしたかもしれん。あるいは、魔法とか?」

「何ですかそれ」

「お前はホント、何も知らないんだなあ」

野沢は馬鹿にした口調で話を続ける。

「深瀬さんの周りをウロチョロして怒られなかったか?」

「ああそれは……近寄るなってものすごい剣幕で怒られてしまいまして。あんなに血の気の多い人だったなんて知らなかったです」

「なるほどなるほど」

ペンを口で噛んだ野沢が、腕を組みながら頷いてみせる。

「ものは見方次第だな。それは深瀬さんなりの思いやりってやつかもしれないぞ。深瀬さんと同じものを見ようとしても意味がない。視点を変えろって忠告だ」

「どういう意味ですか」

「お前はまだ来たばかりで聞いてないだろうが、深瀬さんは署内で死神って呼ばれている。まあ、俺も噂でしか知らないが」