駒子さんはそれ以来、施設のお風呂が苦手になってしまった。駒子さんのプライドが傷ついた。自分で始末できないことと、自分で始末したいと思うプライドは違うのだ。忙しいヘルパーさんは理屈でわかっていても、つい時間のなさに流されてしまう。

駒子さんはますます個室にこもることが多くなった。セピア色の家族写真を手に取っていつまでも眺める。

ココの父ちゃんは子煩悩な人だった。どの子も小さい時分は掛布団の下にどてらをかけ、父ちゃん自身は裸にふんどし一丁で、自分の懐に抱いて一緒に寝て育ててきた。上から順送り、ココは末っ子だから、いまだに父ちゃんの懐や膝の上を独占している。

父ちゃんは子煩悩だったが無口で、子どもをあやすような口は利かない。言うことを聞かずにいつまでもぐずぐずしているとゲンコツがくる。ときには出窓をがらりと開け、雪の中にココをポンと放り出すこともした。

聞き分けがないのは自分であることをココは十分に承知していたから、べそをかいて、誰かが助けに来てくれるのをおとなしく待った。頑固で無口な父ちゃんは、酒もたばこもやらなかった。

あんちゃんは写真に眼鏡をかけて写っているが、実はだて眼鏡。眼鏡は男前が上がると噂され、だて眼鏡を決めていた。上背もあり、顔もいま話題の男優に似ているとかで、村の若い女性にちやほやされ、その気になっていた。

流行りのハットやレコード、蓄音機、ギター、パチンコと貧乏な農家の息子にしては精いっぱい贅沢にさせてもらっていた。総領で後継ぎ、父ちゃんも遊ぶのはいまのうちだけだろうと大目に見ていた。

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