老話

家族写真

ある五月の朝、母ちゃんは井戸端でたらいを使い洗濯をしていた。寝坊したココは炉端に置いてあったおにぎりをつかみ、寝起き姿で玄関に出てきた。ココはおにぎりにかぶりつき、玄関で日向ぼっこをしていた犬のチビに声をかける。

髪の毛は櫛が入らずくせ毛でおったったまま。着ているものも昨夜の寝巻きのまま。はいているズボンのゴムがほつれてずり落ちそう。母ちゃんが髪の毛を止めていたピンで急いでゴムを通し直してくれた。

おにぎりを食べ終えるとココはピンクのゴム長靴をはき、玄関を飛び出し、沢へ向かう坂道を駆け下りていく。

「池のそばには行かんのよ。危ないから」

「わかってる」

母ちゃんの注意の半分も聞いていない。転げるように走ってゆく。沢にはまだ雪が残っているところさえある。春先の雪どけ水は流れ、池の周りも乾いてきて、つくしやフキノトウ、ヨモギがかわいいまっさらな芽を吹いている。池にまだカエルの姿も見つからない。

今度は沢の急坂を青草をかき分け登り、畑に出る。あんちゃんが馬にプラウ(土起こし器)を曳かせ、明日から種まきする畑の準備をしていた。起こした土の後から小鳥がついていく。土中の幼虫が掘り起こされていくから恰好の餌なのだ。

土起こしの次は土を砕く作業だ。馬に曳かせる農具を付け替える。それは華道の剣山を逆さにしたようなハローという農具で、人間が錘(おもり)代わりに乗り、馬に曳かせるのだ。

「ココも乗ってみるか」

あんちゃんは馬を止め、ココと一緒にハローに乗った。馬が重そうに動く。ココは落ちないようにあんちゃんのズボンにしがみつき、初めての畑起こしに興奮していた。畑を一周してあんちゃんはココを下ろした。

遊び相手のいないココを少し相手にしてくれたのだ。ココと遊んでくれる子は皆学校に行ってしまい、ココは「つまんない、つまんない」を連発していたから。あんちゃんも子煩悩で、親子ほど年の離れた妹をかわいがったが、父ちゃんと同じで無口な人だった。

「ココ、タバコ買いに行ってくれ」

あんちゃんに頼まれて二キロの道を十円玉を握りしめ、四歳のココは村に一軒の雑貨屋までタバコを買うために必死に歩いていった。タバコはしんせい一個、余分にもらったお金でキビ団子を買う。帰り道に食べるそのキビ団子が格別おいしい。

あんちゃんの遊びは相変わらずだったが、そのうちとんでもないことを言い出し、親を慌てさせた。