この建物の中には、リリスが管理している薬草庫や施療室などを含む施療院と呼ばれる施設があった。
リリスは廊下の突き当たりの施療室までやってくると、その扉をなるべく音を立てないようにそっと押し開けた。まだ眠っていると思っていたのだが、治療用の寝台の上に起き上がっている白いシャツの背中が目に入った。
「何だ、もう起きていたのか。具合はどうだ?」
リリスはその背中に向かって声をかけた。
「ああ随分良くなった、もう大丈夫だ」
背中は振り返らずに答える。
「さっきチビたちが図書室でお前を待ち構えていたようだったぞ」
そう言って肩越しに入口の方を指さした。
「ああ、ラフィールたちだろ。もうとっくに捕まったさ。お前は聞かないのか?」
返事がない。リリスは白いシャツの青年の正面へ廻って寝台の端に腰を下ろし、注意深くその顔色を観察した。
「このところちょっといいので安心しすぎていた。昨日は肝を潰(つぶ)したよ」
リリスは脈をとり、青年に口を開けさせた。
彼は、リリスよりも六歳年下の、三日後に二十一の誕生を迎える青年だが、生まれた時から体が弱く、そのせいでリリスとは縁が深かった。
「俺、昨日どうなったんだ?」
「何も覚えていないんだろうな、びっくりしたぜ。お前、鍛冶(かじ)工房の前でいきなりぶっ倒れたんだ。知らせで飛んでいって丸薬を飲ませたんだが、意識が昏迷(こんめい)しているし、みんなの手を借りてやっとここまで運んだんだ。俺でさえどうなるのかと怖かったよ」
リリスは昨日のぞっとする場面を思い出していた。
蒼白(そうはく)な顔、脈打たぬ胸。
村の人間は皆兄弟で年下の者はどれもリリスにとっては弟同然の存在だったが、幼い頃からずっと面倒を見てきている彼にはとりわけ思い入れが深い。
このまま彼を失うのかと一瞬よぎった思いが今でも胸を締め付ける。