それからどれくらいの時間が過ぎたか分からない。永遠のようにも、一瞬のようにも思えた。通り過ぎていく車の音にはっとして、夢から覚めた時みたいに、思考が動き出すのが分かった。

「誰かの期待に応えたいって思うよね」

鈴木君はそう言った。

「誰かの思うような自分になれたらって思うよね。かなしい顔をさせたくないもの」

私がそう答えると、透明のフィルムに色を乗せたように、うっすらと鈴木君の顔が見えた。

「底が見えるような池にも秘密があるように、私たちはそんなに単純じゃない。だけど少なくとも、かなしいかどうか決めるのは私たち自身よね」

「その通りだ」

鈴木君は、少しだけ幼く見える顔で笑った。鈴木君は、教室の席に座る自分を描いた。鈴木君の半透明の顔と、後ろの席に座る私の顔、二つの顔が重なっている。

きれいな部分だけ掬(すく)い取ったような透き通る淡い色に、離したくないものを、どんなことがあっても離さないでいられるようにという、願いが込められているように思えた。

夏の間美術館に飾られた鈴木君の絵を見て、鈴木君はありのままでいることを証明したかったのだと、私は気付いた。

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