伊豆の御社(おやしろ)
その日は散歩のつもりで家を出た。家を出てからふと思いついたように緩い坂道を左に折れ、二、三軒先をまた左に折れて急坂を上り、その先の二股をまた左に折れて雑草の茂った農道に分け入った。記憶ではその農道の先に時空を超える小道がある。
その小道を辿るとほんのちょっとの時間でずいぶん遠くまで行くことが出来る。その道を辿ればあの古い祠に辿り着くことが出来るのだ。もしかしたら、道はまた別の世界に通じているのかもしれない、と、妙なことを考えた。
狭い急坂は、しかし、今は雑草に覆われ、無理矢理分け入ろうとしても茂った刺草に足を取られて歩けない。足を踏み入れただけで尖った刺草の種がズボンの裾に無数に刺さった。これ以上は先に行けないと思い、数歩歩いたところで立ち止まった。
荒れたミカン畑の手前には木の看板が立っている。白いペンキ塗りの立て看板には大きな文字で〝私有地、立ち入り禁止〟とある。看板にある言葉は簡素だが、何か、有無を言わせぬ断固とした響きがあった。
ボクは途方に暮れ、そして、引き返した。翌日は山の裏手からミカン畑のある雑木林に分け入ろうと考え、家を出て昨日と反対の方角に折れた。長い坂道を下り、突き当たりを右に曲がる。少し先のトンネルをくぐると一山回り込んだ感じで隣町に入る。
これといった照明もなく、短く暗いトンネルを抜けてすぐの目立たない路地を右に折れ、どこにでもあるような住宅街に入る。路地を道なりに歩き、山と雑木林を回り込むと右側に山と雑木林に通じる細い道がある。
その道に沿ってしばらく歩くと、簡易舗装の施された道と雑木林の境が見えた。この
道を辿れば山に入れると思って歩いたが、山の中腹と思しき辺りまで到達したところで舗装は唐突に途切れた。
山林に入るその手前には昨日と同じ白いペンキ塗りの看板が立っていて〝私有地、立ち入り禁止〟と書いてある。簡素なその言葉にはやはり有無を言わせぬ響きがあった。その日はずいぶん歩いたが、結局、その辺りで諦めた。
それからしばらくはその先の路地を一本一本探るように歩いた。ボクは取り憑かれたように祠への道を辿った。それは漠としていて、実際、何を知りたいのかもわからない、ただ、あの場所に行けば答えがあるような気がしたのだ。そして、それは何か大切なことに違いなかった。
朧気な記憶を頼りに山と雑木林に分け入ろうとして辛抱強く歩いたが、どの道も雑木林に分け入る手前で〝私有地、立ち入り禁止〟と書かれた立て看板に阻まれた。どの道も辛抱強く丹念に辿ったが、結局、何日か歩いて諦めた。