ところが、明治の為政者が受け渡されたバトンの形も色も変えてしまう。伝統文化をかなぐり捨てて、西洋近代社会をモデルにした国づくりを進めていく。当時の状況をドイツ人医師ベルツは「自国の歴史や文化をこれほど軽視するようでは、とうてい外国人の信望は得られない」と日記に書いている。
明治維新の最大の問題点は、日本の伝統的な統治の形態を完全にそこで断ち切ったことにある。国柄とは真逆の富国強兵政策を採用し、帝国主義の道をひたすら進み、究極の敗戦を迎えるに至った。ただ、その総括が未だに行われておらず、負の影響が現在にまで及んでいる。本書が現代の歴史まで辿ったのはそのためである。
『古事記』の中には、有益な魂のメッセージが多く入っている。それが読み解かれるどころか、誤解をされたままでは、ここまで苦労して『古事記』を伝えてくれた先人たちに申し訳ないと思っている。
『古事記』に託した天武天皇の思いを読み解き、その上で、それ以降の歴史を見ることにする。そうすることによって、日本の歴史の真の全体像、さらには日本のアイデンティティが浮かび上がることになる。『古事記』には日本のアイデンティティが凝縮したかたちで詰まっているからである。本文を読み進めてもらえれば、そのことを実感するであろう。
時代は二十一世紀。世界は激しい自由競争を繰り広げ、その渦中に巻き込まれるうちにどの国も自国のアイデンティティを見失いがちになる。そういう意味で、国際社会は混迷の度合いを深めているようにも思える。
日本も自分を見失いかけて迷走し始めている。自国のアイデンティティを見失った国を他国は信用しない。グローバル時代だからこそ自国の歴史と文化をアピールすべきである。
実際に日本観光に来る外国人に目的を聞くと日本の伝統、文化に関するものが多い。長期的な国の成長を考える上でも、アイデンティティは有効な指標となり得る。その国にとって、生き抜く方向性を示すものだからだ。
日本の若者の自己肯定感、自己有用感(自分が役立つ人間と思う感覚)が諸外国の若者と比べて低いことが言われて久しい。
根本的な原因は、日本のアイデンティティが確立していないからである。
【前回の記事を読む】日本の四方は荒海で囲まれているため、国内のことだけを考えれば良いことを天武天皇は何かの拍子に気付いたのであろう。